卒業生の皆さん、お元気ですか。先月は、校友会の1年間が総まとめされた「2026・27年度 校友会総会&懇親会レポート」をお届けしました。総会では、昨年度の活動として「授業連携(卒業生パネルディスカッション)」や「現役学生への支援」が報告されています。今月は、その”現役学生への支援”が、これまでとは少し違う形で実を結んだ日のお話です。
2026年7月17日(金)、母校の1号館1階・視聴覚教室に、卒業生3人が集まりました。イベントの名前は「OB/OGカフェ」。第1回のテーマは、「教科書にないキャリアの歩き方 〜挑戦とキャリアの多様性〜」です。
そして、このイベントで一番お伝えしたいのは、登壇者の顔ぶれではありません。母校から校友会に届いた、依頼の中身です。
1. 「成功体験の披露に留まらず」── 母校から届いた相談

「OB/OGカフェ」は、東京情報大学 総合情報学部の企画として動き出したイベントです。ポスターに記された企画・運営は、学友会 学部統一本部。そして今回、その企画に卒業生として力を貸してほしいという相談が、校友会に届きました。これが第1回です。
その依頼にあった企画の狙いが、心に残るものでした。卒業生の成功体験の披露に留まらず、学生時代の学びの姿勢、現在に至るまでの地味な努力や直面した苦労、挫折の克服プロセスを赤裸々に語ってほしい。それによって、学生が将来直面するであろう実社会の障壁を疑似体験し、困難に立ち向かうレジリエンスを養ってほしい──そういう趣旨でした。
うまくいった話をしてください、ではないのです。うまくいかなかった時間のほうを聞かせてください、という依頼でした。
校友会には、活動の原点として、ずっと共有されてきた合言葉があります。
我々が学生時代に、卒業生の先輩がいたらしてほしかった事
先月の総会でも、あらためて確認された一文です。自分が学生だった頃、「こんな先輩がいてくれたら」と思ったことを、いま自分たちが後輩にやる。校友会の活動は、ぜんぶここから始まっています。
学生時代の自分が本当に聞きたかったのは、成功した先輩の武勇伝だったでしょうか。それとも、つまずいた話のほうだったでしょうか。今回の依頼は、この合言葉にまっすぐ重なるものでした。
告知ポスターに書かれていたコピーは、こうでした。
先輩のリアルに学ぶ、未来の自分。
未来のヒントがここにある!
呼びかけの相手は、「将来のキャリアを考えたい人」「リアルな社会の話を聞きたい人」「先輩と直接話をしてみたい人」。当日は、1年生から4年生までが、学年の枠を越えて教室に集まりました。
構成は、16:30から18:00までがパネルディスカッション。そのあと、30分ほどの直接交流会。ポスターの言葉を借りれば、「本編でインプット、交流会でアウトプット」です。
2. テーマは「教科書にないキャリアの歩き方」

その依頼の趣旨は、そのまま第1回のテーマになりました。
教科書にないキャリアの歩き方 〜挑戦とキャリアの多様性〜
「成功した先輩の話を聞く会」ではない。「教科書にない」の一語に、それがよく表れています。
モデレーターを務めたのは、教員2名。学生目線に立った鋭い質問と、経営情報学の学びが社会でどう活きるかという視点で、クロストークが展開されました。
そして登壇したのが、次の3人です。ポスターには、それぞれの一言が添えられていました。
| 卒業年 | 現在 | ポスターに添えられた一言 | |
|---|---|---|---|
| Episode 1 | 野澤 和雅 氏(1995年卒) | 倉庫管理システムを開発するソフトウェア会社で経営戦略を担当/校友会 会長 | ロジスティックスと戦略で社会に貢献する |
| Episode 2 | 齋藤 正人 氏(2007年 大学院修了) | 有限会社齊藤商店 役員/校友会 理事 | 地域資源を価値に変え、未来をつくる。 |
| Episode 3 | 今長 学 氏(2006年卒) | Exist Japan株式会社 代表取締役・経営コンサルタント/校友会 理事 | 作業をゼロに、人生をフルに。 |
物流とロボティクス、水産加工と地域ブランディング、マーケティングと生成AI。並べてみると、業界も職種もまるで違います。共通しているのは、同じキャンパスで学んだということだけ。「キャリアの多様性」というテーマを、そのまま人選で表現した3人でした。
3. スクリーンに映った、いちばん聞きたかったこと

パネルディスカッションでは、学生時代の経験から現在に至るまでのキャリア、社会人として苦労したこと、いま挑戦している事業について、3人がそれぞれの思いを交えて語りました。
そのとき、教室のスクリーンにはこんな質問が映し出されていました。
質問①【キャリアの歩き方】
「皆さんは今、それぞれの分野でご活躍されていますが、大学を出て最初に社会に出た時、または起業した時に、教科書通りにいかなくて『一番面食らった・壁にぶつかった』エピソードは何ですか? それをどう乗り越えましたか?」
スクリーンに映し出された、第1問です。
活躍している先輩に向かって、まず「うまくいかなかった話を聞かせてください」と切り込む。「教科書にないキャリアの歩き方」というテーマも、校友会に届いた依頼の趣旨も、飾りではなかったわけです。
学生からは、このあともさまざまな質問が寄せられ、卒業生はそれぞれの経験を踏まえながら、一つひとつ丁寧に答えていきました。
ここから先は、3人がどんな道を歩いてきたのか──当日、それぞれのスクリーンに映されたキャリアを、卒業生の皆さんにもご紹介します。
4. Episode 1|野澤 和雅 会長 ── 役割を越え続けた30年

トップバッターは、校友会 会長の野澤和雅さん(1995年卒)。経営情報学部 情報学科の出身で、学生時代はゴルフ部の主将を務め、陸上部にも参画していました。石井政弘ゼミに所属し、2025年まで続いた石井先生の冬季集中授業(スキー)では、卒業後に講師を務めたこともあるそうです。母校との縁が、ずっと切れていません。
社会人のスタートは、住宅メーカーの社内SEでした。ちなみに最初の上司は、本田宗一郎氏の元秘書だったとのこと。1社目から、なかなか濃い出会いです。
その後、革新的なビジネスモデルに興味があり、車の「買取」ビジネスで急成長していたガリバーインターナショナル(現IDOM)へ移ります。当時の同社は、東証史上最短での店頭公開、2部上場、1部上場を駆け抜け、10年で1000億という急成長企業の称号(世界でも十数社)を得て、マイケルポーター賞も受賞した時期。野澤さんはその只中で、IT部門(のちに部門長)として会社を支えました。
そこからが、この方らしいところです。
IT部門長のあと、経理財務部門長へ。さらに成長戦略のためのM&A案件に携わり、金融事業の買収から売却、子会社の吸収合併や清算、外車ディーラー(旭川BMW、VOLVO松山)の買収と運営まで手がけます。あわせて、ブランド価値を高めるためのISO9001・ISO27001認証の取得も企画・実行しました。
情報学科を出て社内SEになった人が、経理財務を見て、M&Aを回している。役割を、次々に越えていったキャリアです。
転機は、その先にありました。本人の言葉では、「戦略革新性の枯渇(個人的には)」と、「人々へのより直接的な貢献(社会的重要性)」への志向の変化。より直接、人の役に立つ実感がほしい。そう考えて、大塚製薬ブランドの物流会社へ移ります。同社が運ぶのは、医療現場に欠かせない輸液。国内で使われる輸液の8割以上を運ぶ会社です。医薬品センター長を経て、新たな医薬品センターの立ち上げや、大手医薬メーカーの物流実装案件を担いました。
そして現在。物流業界のいわゆる2024年問題に代表される人手不足の解決策として、ロボティクス化を推進しています。一企業の中だけで貢献するのではなく、より多くの物流現場に届けたい──その思いから、倉庫管理システムを開発するソフトウェア会社へ移り、いまは経営戦略の立案と実行を担っています。
もうひとつ、学生に伝えたかったであろう事実があります。野澤さんは、ビジネス戦略の立案能力が鈍らないようにと、大前研一氏のビジネススクール(アタッカーズ・ビジネススクール)に通い、「ビジネスモデル創造講座」で優勝しています。役職についたあとも、学びに行く。キャリアの歩き方として、これ以上わかりやすい実例はありません。
5. Episode 2|齋藤 正人 理事 ── 一歩が、次の機会につながった

続いては、齋藤正人さん(2007年 大学院修了)。校友会の理事であり、先月号でご紹介した「情報大さんま」の出店活動を、企業側で支えている方でもあります。
齋藤さんが当日スクリーンに映したスライドの見出しが、この章のタイトルです。
一歩が 次の機会につながった
学生時代は、原慶太郎ゼミで衛星リモートセンシングデータを使った画像解析手法を研究していました。国内の学会発表に加えて、国際学術会議(ACRS)でのポスター発表、さらに海外での現地調査まで経験しています。
スライドには、その一歩がどう次につながったかが、こう図解されていました。自由課題から始まり、ゼミに入り、調査やシンポジウムに参加し、大学院に進み、学会や海外の学術会議で発表する──ひとつ動くたびに、次の扉が開いていった。そしてもうひとつ、こんな循環図も添えられていました。
一歩 → 出会い → 機会 → また一歩
ご本人は、当時のことをこう振り返っています。
多様な人々との交流や実践的な研究活動で培った挑戦する姿勢が、現在の仕事や地域活動の原点となっています。
大学院修了後は、飲食業界へ。店舗運営や新規事業の立ち上げに参画します。衛星画像の研究をしていた人が飲食業へ、というのは、まさに「教科書にない」歩き方でしょう。
そして現在は、千葉県銚子市で70年以上続く水産加工会社・有限会社齊藤商店の事業運営に携わっています。
その挑戦の場に、母校が入ってきます。東京情報大学 経営情報研究室の池田ゼミ、校友会、そしてドリームラボと連携し、地域企業とサンマ商品のブランディング、新商品開発、販路開拓に取り組んでいるのです。先月号でお伝えした「情報大さんま」「サンマボール」の地域イベント出店も、この流れの中にあります。
齋藤さんが掲げているテーマは、「地域資源をどう価値に変えるか」。そして、学生へのメッセージとして事前資料に書かれていたのが、次の言葉でした。
「失敗を恐れず挑戦する、挑戦しながら学ぶ」姿勢が大切です。私自身も今なお挑戦の途中です。皆さんと同じ東京情報大学で学んだ卒業生として、少しでも将来を考えるヒントをお届けできればと思います。
私自身も今なお挑戦の途中です。 完成した先輩ではなく、いまも途中にいる先輩として教室に立つ。学生にとって、これ以上心強い言葉はなかったはずです。
6. Episode 3|今長 学 理事 ── 選び直すたびに、つながっていった

3人目は、今長学さん(2006年卒)。校友会の理事で、現在は大分県でExist Japan株式会社を経営し、経営コンサルタントとして活動しています。大分県デザイン協会の会長も務め、これまでにマーケティング支援は100社以上、登壇は200回以上を数えます。
今長さんが自己紹介スライドに掲げたタイトルは、こうでした。
教科書にないキャリアの歩き方:選び直すたびにつながっていく冒険譚
冒険譚。イベントのテーマを、そのまま自分の言葉に翻訳したかたちです。スライドには、5つの転機が「道」として描かれていました。
STAGE 1|2006年・社会へ。 大分高専、短大を経て東京情報大学へ、という寄り道つきの進路。大学で夢中になったのはWeb制作でした。「遠回りに見える道も、あとで全部つながる」。
STAGE 2|2006〜2013年・会社の中で役割を越える。 中古車販売大手のガリバーインターナショナルへ。大分の店舗での営業から始まり、本社の専務室、広報部、フランチャイズ事業部へと移り、「会社の全部の景色」を見た7年間。「同じ会社でも、動けば景色は何度でも変わる」。
STAGE 3|2013〜2016年・国境を越える。 30歳で退職し、南インド・ケララ州へ移住。現地のIT企業でWeb事業責任者を務め、「地球の歩き方」の現地特派員も兼任しました。ここで価値観が180度変わり、「誰かの役に立つ」ことを軸にした生き方へ。「環境を変えると、当たり前が壊れる」。
STAGE 4|2016年・自分で仕事をつくる。 33歳で地元・大分に戻り、Exist Japanを創業。マーケティングの本質は、相手をとことん考える「優しさ」だと確信します。「ありがとうの対価として、お金が入る」。
STAGE 5|現在・仕事の常識を越える。 生成AIの実装支援を全国に展開。企業の業務時間を1/10〜1/100に圧縮しています。「AIは仕事を奪う敵ではなく、人間らしく生きる時間を取り戻す相棒」。
そして、スライドの最後に置かれていたのが、学生への問いかけでした。
人生は冒険、やってみなきゃわからない。
キャリアに必要なのは、動きながら自分の答えをつくること。
あなたは、次にどんな一歩を選びますか?
7. 3人の道を重ねると、見えてくるもの
3人の話は、業界も年代もばらばらでした。それでも、事前にいただいた資料と当日のスライドを並べてみると、重なるところがあります。ここからは、編集部の目に映ったことを書かせてください。
ひとつめ。3人とも、一直線ではありませんでした。
野澤さんは、社内SEからIT部門長、経理財務、M&A、そして物流とロボティクスへ。齋藤さんは、衛星リモートセンシングの研究から飲食業、そして水産加工と地域ブランディングへ。今長さんは、Web制作から中古車の営業、南インド、起業、そして生成AIへ。
「最初に決めた一本道を、まっすぐ歩いた人」は、ひとりもいませんでした。テーマが「教科書にないキャリアの歩き方」だったのは、偶然ではなかったわけです。
ふたつめ。それでも、学生時代に学んだことが、いまの仕事につながっていました。
野澤さんの情報学科。齋藤さんの画像解析研究。今長さんのWeb制作。回り道をしたように見えて、キャンパスで手に入れたものが、それぞれの現在地で武器になっています。齋藤さんが「現在の仕事や地域活動の原点」と書いていたのは、まさにこのことでしょう。
みっつめ。3人とも、いまも学んでいる途中でした。
部門長になってからビジネススクールに通い、講座で優勝した野澤さん。「私自身も今なお挑戦の途中です」と書いた齋藤さん。生成AIという新しい道具の実装を、いま全国で走らせている今長さん。学び終えた人ではなく、学び続けている人が3人並んでいたことになります。
そしてもうひとつ、資料を並べていて気づいたことがあります。齋藤さんのスライドの見出しは「一歩が次の機会につながった」。今長さんのスライドのサブタイトルは「選び直すたびにつながっていく冒険譚」。示し合わせたわけでもないのに、ふたりとも「つながる」という同じ言葉を選んでいました。
その日、3人が第1問にどう答えたのかは、教室にいた人だけが聞いています。ただ、こうして資料を並べてみると、壁にぶつかった経験を「次の一歩の入口」として語れる人たちが並んでいたのだな、と思うのです。
8. 交流会 ── 1対1で話せる、30分

パネルディスカッションが終わったあとは、直接交流会です。
ここでは、卒業生と在学生が1対1で話す機会も設けられました。進路のこと、キャリアのこと。大人数の教室では手を挙げられなかった質問も、この時間なら聞けます。学生からの相談に、卒業生がそれぞれの経験を踏まえてアドバイスを返す──世代を越えた交流が、じっくり深められました。

写真をご覧ください。パネルディスカッションが終わっても、学生たちはすぐに教室を出ていきませんでした。席を立ち、輪ができ、あちこちで会話が続いています。
ポスターに書かれていた、「本編でインプット、交流会でアウトプット」。「先輩たちと直接つながるチャンス!」。約束されていた通りの時間が、そこにありました。
9. 「先輩がいたら、してほしかった事」が、形になった日
冒頭でご紹介した、校友会の合言葉をもう一度。
我々が学生時代に、卒業生の先輩がいたらしてほしかった事
自分が学生の頃、こんな先輩がいてくれたら、と思ったこと。それを、いま自分たちが後輩にやる。
7月17日の視聴覚教室で起きていたのは、まさにそれでした。母校から「苦労した話も含めて、学生に聞かせてほしい」と声がかかり、会長と理事2人が、それぞれの回り道を持って教室に立った。卒業生が自分たちで場をつくるのではなく、母校が必要としている場に、卒業生として呼ばれて応える。校友会の関わり方には、こういう形もあるのだと思います。
登壇した3人のうち、2人は校友会の理事、1人は校友会の会長でした。校友会が長年続けてきた「現役学生への支援」が、母校の企画とかみ合った日、と言ってもいいかもしれません。
「OB/OGカフェ」は、今後も恒例行事として継続的に開催していく予定とのことです。第1回のテーマが「教科書にないキャリアの歩き方」だったのですから、第2回、第3回で語られる話も、きっと教科書には載っていないものになるはずです。
10. 次に教室に立つのは、あなたかもしれません
卒業生の皆さん。
いま母校の学生は、就職情報サイトにも、企業説明会にも載っていない話を聞きたがっています。うまくいった話ではなく、うまくいかなかったときにどうしたかを聞きたがっています。
それはつまり、特別な実績がなくても話せる、ということです。転職で迷った話、配属が希望と違った話、思い切って環境を変えた話。皆さんが「あのときは大変だった」と笑って振り返れる出来事は、いまの学生にとって、そのまま教科書にない教材になります。
「OB/OGカフェ」は恒例行事になります。校友会にも、全国と海外に支部があります。次に視聴覚教室のスクリーンの前に立つのは、この記事を読んでいる皆さんかもしれません。
今長理事がスライドの最後に置いた問いを、そのままお借りして今月号を締めくくります。
あなたは、次にどんな一歩を選びますか?
*東京情報大学校友会 TUISmag 2026年8月号* *写真:当日の記録より*